キャッシュ・フロー計算書の構造(1)利益とキャッシュは一致しない
多くの人は暗黙のうちに,利益が出ていれば企業が抱えるキャッシュ キャッシュフロー管理で失敗しない方法とは (注1) も増加すると思っているかもしれない。しかし, 図1 を見て欲しい。少々古いデータであるが,1995年3月期から98年3月期までのNEC,富士通,ソニーという電気メーカー3社の利益とキャッシュ・フローの推移だ(図中の「フリー・キャッシュ・フロー」については次回後述)。95年3月期を除けば,棒グラフで表されている利益は3社ともプラスである。だが,同時期に折れ線グラフで表されているキャッシュ・フローがプラスなのはソニーだけである。利益とキャッシュ・フローはこれだけ違うのである。
売掛金回収に無頓着だとキャッシュ・フローが悪化する
まず,第1の要因は売上と売掛金回収のズレである。売上は 図2 にあるようなタイミングで計上される。IT関連企業でいえば,製造業は出荷時,従量制課金の通信業は売上額が確定する請求書発行時,システム・インテグレータは構築したシステムの検収時に売上を計上するのが一般的である。
売上計上基準 | 売上計上タイミング | 採用業種の例 |
出荷基準 | 商品を出荷したとき。典型的には,出荷伝票が倉庫担当者から経理に回ったときに売上を計上する | 小売業 流通業 製造業 |
請求書発行基準 | 請求書を発行したとき。典型的には,請求書控が営業から経理に回ったときに売上を計上する | 通信業 |
検収基準 | 納品物に対して顧客が検収したとき。典型的には,顧客の押印済み検収書が経理に回ったときに売上を計上する | 建設業 SI業 |
工事進行基準 | 長期にわたる工事等の場合,進捗度合いに応じて売上を計上する。典型的には,費用総予算に対する費用実際発生額に応じて売上を按分計上する | 建設業 SI業 |
図2●発生主義に基づく代表的な売上計上基準
これらすべてに共通しているのは,代金の回収は売上を計上した後ということだ。具体的には,売上を計上した後に請求書を発行し,例えば翌月末に代金を回収することになる (注3) 。売上を計上しても,通常はツケで販売しているので,売掛金を回収しないことには現金は入ってこない。予定通り売掛金を回収できたとしても,少なくとも売上計上と入金との間にはタイムラグが発生する。売掛金の回収やその回収サイクルに無頓着な会社は,いくら利益が出ていてもキャッシュ・フローが悪化する。
第3の要因である設備投資については, 図3 を見ていただきたい。設備を取得したときは,多額のキャッシュ・アウトが発生しているはずだが,そのキャッシュ・アウトはP/Lには一切反映されない。設備の取得自体は,キャッシュという資産と設備という資産の等価交換に過ぎない。こちらもB/S上のキャッシュが減少して,それと同額の設備が増加するだけだ。
キャッシュ・フローには3種類がある
財務活動によるキャッシュ・フロー(以下「財務C/F」)は,資金調達に関するキャッシュ・フローである (注4) 。企業における基本的な資金調達方法は,借り入れ,社債発行,株式発行の3通りなので,それぞれ借入とその返済,社債の発行・償還,増資に関するキャッシュ・フローがここに記録される。財務C/Fは資金調達に伴うものなので,プラスになるのが普通である。
これら3つのキャッシュ・フローは 図4 のモデルで考えると分かりやすい。企業はまず右側の資金提供者から元手となる資金を調達する。B/Sで言えば右側(貸方)の活動である。これが財務C/Fだ。次に,企業は調達したキャッシュを,土地,建物,設備などの仕組みづくりに投じる。これが左側の投資C/Fである。企業は,この仕組みを使って,日々の業務の中から営業C/Fを獲得する。
(注1) 制度上のキャッシュ・フロー計算書におけるキャッシュは,現金(当座預金や普通預金などの要求払預金を含む)の他に,「現金同等物」と呼ばれるおおむね3ヵ月以内に換金される短期投資(定期預金,譲渡性預金,コマーシャルペーパー等)が含まれる。制度上のキャッシュの概念についてはあまり気にすることなく,「現金とそれに類するもの」という程度に理解しておけばよい。
(注2) キャッシュ・フロー計算書は連結ベースにしか義務化されていないため,通常は親会社単体のキャッシュ・フロー計算書は開示されない。
(注3) 出荷など,現金の動きを伴わない経済的事実の発生をもって,売上を計上する考え方を「発生主義」という。発生主義は,P/L作成の最も基本的な原理原則であるが,発生主義を基本とするのは,会計の目的が,「企業活動を忠実に記録すること」であって,「現金の動きだけを記録すること」ではないからである。もし,現金の動きだけを追跡記録するなら,現金出納帳だけがあればよい。
(注4) 「財務活動」は,広義では「現金を直接扱う業務」を意味するが,狭義では「資金調達」を意味する。「財務」の英訳「ファイナンス」も同じように使われる。
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